日本野球機構
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2018年12月21日
【記録員コラム】中継ぎセーブ?

 前回の「【記録員コラム】打たれていないのに…」の最後に「野球規則の変遷により、現在では起こりえないが過去には記録された珍しい記録は他にもいくつかあります」と書きました。今回はその中の一つ、投手のセーブにまつわるお話をご紹介します。

 セーブについて、というと真っ先に高橋直樹投手を思い浮かべる方がいらっしゃると思います。ご存知ではない方のためにおさらいすると

1974年8月18日 近鉄対日本ハム8回戦。
日本ハム先発の高橋直樹投手は5回まで無失点。そして2-0と日本ハムがリードした6回裏二死一塁。このシーズン対戦した4試合中3試合で本塁打を打たれている3番・ジョーンズに対し、2球連続ボールでカウント2-0にした後、左打者に左投手のワンポイントとして中原勇投手が登板。高橋直は三塁の守備に回る。中原が3-2から四球(高橋直の責任)で歩かせた後、再び高橋直が登板。4番・土井正博を二ゴロに打ち取る。9回ジョーンズにソロ本塁打を打たれたが、残りの3.1回を投げきり2-1で勝利。高橋直は、先発でリードしたまま5.2回投げて勝投手の権利、リリーフで登板時のリードを保ったまま3.1回投げてセーブ投手の権利を得る。
NPBでセーブが採用された最初の年である1974年の野球規則には、1試合で勝投手が同時にセーブを記録してはならない規定は無かった。したがってワンポイントを挟んだことで両方の権利が発生した高橋直投手に勝とセーブが同時に記録された。翌1975年に「同一投手に、勝投手の記録とセーブの記録とが与えられることはない」の一文が加えられ、高橋直投手の記録はNPBで唯一のものとなった。

 この1試合で1勝1セーブを記録した高橋直投手のケースは、ファンの方には比較的広く知られた一件だと思います。ご存知でなかった方も興味深い記録だと感じることでしょう。ただ、この件をご存知な方でもセーブにはさらに珍しい記録「中継ぎセーブ」があったことを知っている方は少ないのではないでしょうか。

 セーブは(登板時に条件を満たした)勝ち試合においてリードを保ったまま最後まで投げきった(交代完了)リリーフ投手に記録されることは、皆さんご存知だと思います。しかし、セーブが採用された1974年の野球規則ではセーブを与える条件が完了投手に限定されてはいませんでした。

 1974年の規定は、セーブを与える登板時の条件(セーブ・シチュエーション)が書かれた(a)項と

 (b)本条に規定するセーブの記録が与えられる資格を持つ投手が二人以上いた場合には、最も有効な投球を行なったと記録員が判断した一救援投手にセーブの記録を与える。セーブの記録は、一試合一投手にかぎって与えられるが、必ずしも毎試合与えられるものではない。

 の2項目になっていました。
 「資格を持つ投手が二人以上いた場合」ということで交代完了投手に限定していないこと。また「最も有効な投球を行ったと記録員が判断した一投手にセーブを与える」ことから複数投手にセーブが記録されることもなかったのです。つまり、セーブの条件を満たした中継ぎ投手にセーブを与えたり、セーブの条件を満たした交代完了投手より有効な投球を行ったと記録員が判断した中継ぎ投手にセーブを与えたケースがありました。
 セーブ規定が見直しされた1976年に「自チームが勝を得た試合の最後を投げ切った投手」と改正され、中継ぎ投手にセーブが付くことは無くなりました。

 以上、セーブにまつわるお話をご紹介しました。

 チームのエースが先発・救援にフル回転した時代から、まず抑え専門の投手が出現してセーブの概念が誕生しました。そこからさらに投手分業制が進んで、先発・中継ぎ・抑えの役割分担がはっきりした現在は、中継ぎ投手の指標として「ホールド」があります。そういう意味ではホールドはいわば改訂版「中継ぎセーブ」と言えるのかもしれません。

【NPB公式記録員 藤原宏之】


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