聖地・名所150選

東京都東京スタジアム跡

1972年に閉鎖されたが、今なおファンの多い東京都荒川区の下町にあった野球場。大映社長で大毎(のち東京、ロッテ)球団オーナーの永田雅一がサンフランシスコ・ジャイアンツのキャンドルスティックパークをモデルに1962年に建設。当時、日本では唯一となる内、外野とも天然芝の球場で、ナイター照明は高度経済成長期の下町を照らし「光の球場」とも呼ばれた。球団名をロッテとしていた1970年にパ・リーグを制覇し、永田オーナーもグラウンドで胴上げされた。しかし、映画業界の斜陽化もあり、球団、球場とも手放し、1972年に閉鎖。実働11年で幻のように消えた。スタンド下にボウリング場があり、冬にはグラウンドにアイスリンクを作り、アイススケート場としても賑わった。外野の膨らみがなく狭かったためホームラン量産球場としても知られていた。