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【球跡巡り・序章】プロ野球開催全球場のデータを公開します!

 1936年に公式戦が始まったプロ野球は、2017年のシーズン中に試合数が6万を超え、本塁打数は10万号の節目を刻みました。

 この間、使用した球場は287。北海道から沖縄県まで全47都道府県のほか、1リーグ時代の1940年には「満州リーグ戦」として現在の中国・大連や瀋陽で、2002年には中華台北の台北市でパ・リーグ公式戦を行なっています。この度、全球場の年度別試合数や総本塁打数等の詳細データをまとめましたので公開いたします(一部不明箇所があります)。

 287球場といっても、プロ野球に刻んだ球史は千差万別です。1924年に開場し、主に阪神の本拠地として5000を超すゲームの舞台となった甲子園のような球場があれば、プロ野球開催は1試合だけの球場が35もあります。そして287球場のうち、100球場以上は取り壊しや移転などで現存しません。その球場ではどんな記録が生まれ、エピソードが残されたのでしょうか。いま、球場跡地はどうなっているのでしょうか。

 広島駅から西へ電車で45分。大竹市は広島県最西端に位置する工業都市です。大竹駅から東へ1キロほどのところにあった大竹警察学校グラウンドでは、1953年4月に広島対巨人の公式戦を1試合だけ開催しています。この試合のボールボーイを務めたのは隣接する大竹高校の野球部員でした。2年生部員の1人は、間近で見た川上哲治(巨人)の力強い打撃や、千葉茂(巨人)の華麗な守備に魅了されたそうです。のちに南海に入団し、5年連続盗塁王を獲得するなど歴代2位の596盗塁を記録し、快足の外野手として活躍した広瀬叔功さん(81)です。

 グラウンドの歴史を辿ると、戦時中その場所には大竹海兵団という海軍兵を志願した新兵が基礎教育と訓練を受ける施設がありました。1943年初冬、和歌山県・海草中学出身の二人の青年が入営しました。1939年夏の甲子園大会で5試合連続完封、うち2試合はノーヒット・ノーランの偉業を成し遂げた嶋清一さんと、3歳後輩の真田重蔵(朝日)です。二人はグラウンドで軟式野球を楽しんだそうです。無念にも嶋さんは戦死しましたが、真田は戦後、プロ野球に復帰し、1950年に松竹で39勝を挙げ最多勝を獲得。この時の勝ち星は、今もセ・リーグ最多勝利記録として残っています。

 川上、千葉、広瀬、嶋、真田。いずれも野球殿堂入りした偉人が、奇遇にも1本の線で繋がっていました。65年前、1試合だけ行なわれたプロ野球の歴史を辿っても白球を巡るドラマは尽きません。

 現存しない、もしくは今は、野球場として使用されていない109球場を「球跡巡り」と題し、写真を交えながら1球場ごと紹介をしていきます。5月中旬公開予定の第1回は「両翼78メートル。本塁打を量産したプロ野球のメッカ 後楽園スタヂアム」です。

【NPB公式記録員 山本勉】