| 生年月日 | 1916年11月10日 |
|---|---|
| 経歴 | 享栄商 - 法政大 - 川崎重工業 |
| プロ野球球歴 | タイガース36 |
| 在籍期間 | 1950~53(パ)、54~63(セ) |
| 在籍年数 | 14年 |
| 出場試合数 | 1467試合 |
| 初出場 | 1950年3月18日 阪急-南海 2回戦 (後楽園) 三塁 |
| 最終出場 | 1963年7月18日 大洋-広島 13回戦 (川崎) 球審 |
| 日本シリーズ出場 | 2回 |
| オールスター出場 | 1回 |
| メモ | 享栄商(愛知)では2度甲子園の土を踏む。1935年暮れに大阪タイガース(阪神)と契約を結ぶも、許可なく法政大に進学し球界を騒がせた。卒業後は川崎重工業に勤務するかたわら全神戸でプレー。46、47年と都市対抗野球に出場。48年には芦屋高校の監督として甲子園にも出場した。高校野球の審判員を経て、50年にパ・リーグ審判員となり、54年からセ・リーグに転籍。セ・リーグで2回日本シリーズに出場した。 |