| 生年月日 | 1907年3月3日 |
|---|---|
| 経歴 | 伊丹中 - 法政大 - 大連実業 - 安東実業 |
| プロ野球球歴 | 大洋51(コ) |
| 在籍期間 | 1940 |
| 在籍年数 | 1年 |
| 出場試合数 | 26試合 |
| 初出場 | 1940年7月31日 ライオン-イーグルス 8回戦 (奉天) 三塁 |
| 最終出場 | 1940年8月23日 翼-ライオン 9回戦 (奉天) 一塁 |
| 日本シリーズ出場 | - |
| オールスター出場 | - |
| メモ | 法政大では投手として活躍。1931年、同大野球部時代に若林忠志、西垣徳雄、苅田久徳、島秀之助らと渡米した。卒業後は満州に渡り大連実業でプレー。安東実業では監督も務めた。満州日日新聞記者を務めていた40年、主催者の立場として満州リーグ戦に携わる一方、連盟委託の審判員として26試合グラウンドにも立った。戦後は51年に大洋の助監督を務め、いくつかの野球関連書も著している。 |