【ファーム球場物語】~ソフトバンク、オリックス、ハヤテ、中日編~
ソフトバンク:球界屈指の豪華練習施設で鍛えられる若鷹たち
【南海(1961~1988)、福岡ダイエー(1989~2004)、福岡ソフトバンク(2005~)】
南海時代は中百舌鳥(なかもず)球場で数試合公式戦を行った以外、大阪球場を使用。地方での主催開催を除いても、1961~1988年の大阪球場での開催率は9割を超えました。大阪市の一等地、難波にあった球場で優先的に試合ができる恵まれた環境でした。
チーム名がダイエーとなり福岡県に移転した1989年は平和台球場を一軍と共用。翌1990年から雁の巣レクリエーション内にある野球場をメインに平和台球場も併用。このスタイルは1994年まで続きました。1995年から2015年までは雁の巣レクリエーションに軸足を置き、九州各地で年間数試合の公式戦を開催。そして2016年、福岡県筑後市に「HAWKSベースボールパーク筑後」が完成し移転。メインスタジアムのタマホーム スタジアム筑後を本拠地にしました。
同所はJR九州新幹線の筑後船小屋駅前の筑後広域公園内に位置し、メイン球場のほか、サブ球場、屋内練習場、選手寮、クラブハウス、400台超収容の駐車場などを完備。ファームとしては球界屈指の規模を誇る練習施設で、将来の一軍を目指す二~四軍の若鷹たちが練習に励んでいます。
公式戦開催球場の変遷
| 年度 | 球場 |
|---|---|
| 1961~1988 | 大阪スタヂアム |
| 1989 | 平和台 |
| 1990~1994 | 平和台・雁の巣 |
| 1995~2015 | 雁の巣 |
| 2016~ | タマホーム スタジアム筑後 |
オリックス:メジャーの歴史を変えた男・イチローを育んだ神戸サブグラウンド
【阪急(1961~1988)、オリックス(1989~1999)、サーパス神戸(2000~2005)、サーパス(2006~2008)、オリックス(2009~)】
他の在阪球団同様に一軍本拠地を二軍本拠地として共用していた阪急ですが、西宮球場が「西宮競輪場」というもう一つの顔を持っていたこともあり、1970年代後半に本球場近くに西宮第二球場を建設。1977~1990年までは両球場を併用して公式戦を行いました。
1991年に一軍が本拠地をグリーンスタジアム神戸(現ほっともっとフィールド神戸)に移すと、二軍も本球場近くの神戸サブグラウンドに移転。メジャーリーグでも活躍したイチロー(入団時の登録名鈴木一朗)選手は、ここでプロ野球生活をスタートしました。1992年4月2日の対広島1回戦に一番・中堅で先発出場すると、3回裏の2打席目に足立亘投手からセンター前へプロ初安打。ウエスタン・リーグに出場した2年間で、シーズンをまたいで「46試合連続安打」の快記録を打ち立てましたが、神戸サブでも204打数72安打、打率.353と安打製造機ぶりを発揮しました。
2000年にチーム名をサーパス神戸に変更したのを機に北神戸田園スポーツ公園へ。その後、神戸サブグラウンドとの併用開催期間を経て、2017年から現在の本拠地である大阪市の舞洲へ選手寮や屋内練習場などの付帯設備も含めて移転しました。今年で10シーズン目。二軍もすっかり大阪のチームになりました。
公式戦開催球場の変遷
| 年度 | 球場 |
|---|---|
| 1961~1977 | 阪急西宮スタジアム |
| 1978~1990 | 阪急西宮スタジアム・西宮第二 |
| 1991~1999 | 神戸サブ |
| 2000~2009 | 北神戸田園スポーツ公園 |
| 2010~2016 | 神戸サブ・北神戸田園スポーツ公園 |
| 2017~ | 舞洲サブ |
球場名の変遷
・舞洲サブ=舞洲バファローズスタジアム(2018)、オセアンバファローズスタジアム舞洲(2019~2021)、杉本商事バファローズスタジアム舞洲(2022~)
ハヤテ:静岡県から初のファーム参加チーム 3年目の躍進に期待
【くふうハヤテ静岡(2024~2025)、ハヤテ静岡(2026~)】
イースタン・リーグのオイシックスと同時に2024年シーズンからウエスタン・リーグに参加した、くふうハヤテ(2026年からハヤテ)。静岡市のちゅ~るスタジアム清水をメインに、草薙球場や浜松球場などで試合を行っています。2年連続勝率2割台で最下位と苦戦しましたが、昨年イースタン・リーグとの交流戦では7勝8敗と善戦。ファーム・リーグ再編で今季から同じ中地区になるDeNA、巨人、西武の3球団に限れば4勝4敗と互角に渡り合いました。環境の変化も味方に3年目の躍進に期待がかかります。
公式戦開催球場の変遷
| 年度 | 球場 |
|---|---|
| 2024~ | 清水庵原 |
球場名の変遷
・清水庵原=ちゅ~るスタジアム清水(2024~)
中日:地域密着。ナゴヤ球場一筋に70余年も、まもなくピリオド
【中日(1961~)】
ウエスタン・リーグ結成の1955年以降、70年以上ナゴヤ球場(旧中日スタヂアム)を本拠地としてきた中日ですが、1980年代後半から10数年は民間の野球場と併用開催を行いました。
愛知県知多半島にある名鉄阿久比球場は、名古屋鉄道が沿線開発の一環として整備した野球場です。1987年にここで3試合を行い使用開始すると、1990年9試合、1991年13試合と徐々に頻度を増やし、1992年にはナゴヤ球場(12試合)を上回る23試合を開催。準本拠地として地元ファンにも認知されました。しかし、1997年にナゴヤドーム(現バンテリンドーム ナゴヤ)が完成し、一軍が本拠地を移転したのを境にナゴヤ球場へ回帰。敷地内に屋内練習場や合宿所(昇竜館)を整備し、2000年以降は再びここを若手育成の拠点にしました。
そのナゴヤ球場の完成は終戦まもない1948年。改装を重ねて80年近くドラゴンズとともに歩みましたが、さすがに老朽化は否めず球団は昨年11月に二軍本拠地の移転を公表。応募のあった東海地区の地方公共団体から移転先を決定し、2030年代前半には新本拠地での活動を開始します。
公式戦開催球場の変遷
| 年度 | 球場 |
|---|---|
| 1961~1989 | 中日スタヂアム |
| 1990~1999 | ナゴヤ・名鉄阿久比 |
| 2000~ | ナゴヤ |
球場名の変遷
・中日スタヂアム=ナゴヤ(1976~)
【NPB公式記録員 山本勉】
| 参考文献・ | 「二軍史 もう一つのプロ野球」松井正(啓文社書房) |
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