プロ野球選手の参稼報酬の額を決定する際には、前年の実績等をもとに、前年のシーズン終了の時点で、前年のシーズンの実績を主たる考慮対象として、翌シーズンの予測される稼働の価値を推し量って算定したものを基本としつつ、これに、前々年シーズンまでの実績、前年のシーズンのチームの成績、獲得したタイトル、集客力、当該選手に対する期待度、現在又は過去の他の選手とのバランス、球団の財政状況等の種々の要素を考慮し、決定されるべきものである。
プロ野球選手の参稼報酬は、こういった諸般の諸事情を考慮する中で、プロ野球選手と所属する球団との合意で決すべきものである。
なお、他球団の選手の参稼報酬の例については、他球団の所属の選手であっても、同様の実績の選手の参稼報酬の額と著しく異なる場合においては、選手のモティベーションの維持向上、球団の魅力の維持向上等をも考慮すると、他球団の選手の参稼報酬の例をまったく無関係とすることは妥当性を欠く場合がありうる。
涌井選手は、現在までに6シーズン稼働し、最近5年間は、ローテーションから離脱することなく年間を通して活躍し、その成績(勝敗)は、12勝8敗(26試合)、17勝10敗(28試合)、10勝11敗(25試合)、16勝6敗(27試合)、14勝8敗(27試合)と、5年連続10勝以上、合計69勝を上げており、先発投手としての安定感は高く、現在の西武球団のエースであり、パ・リーグを代表する屈指の本格派投手の一人となっている。これらのデータからすれば、2011年も西武球団のエースとして相当程度の活躍が見込まれ、それだけ、期待度の実現の確率も高い。
2010年度は、2009年度と比較すると、かなり成績がダウンしているが、他方、14勝8敗の戦績は、エースとしてふさわしい成績であり、また、3.67という防御率も、他のパ・リーグの一流投手と比較しても、それほど遜色のないものと評価できる。
涌井選手が、シーズン終盤の優勝に直結する試合に、勝利を収めることができず、重要なシーズン後半戦の防御率がかなり悪い成績であった点については、参稼報酬は、主として前年度シーズンの全体の実績をもとに翌シーズンの稼働の価値を金銭で評価するという面が強いものであり、かつ、前半戦の涌井選手の好成績がなければ、西武球団は、後半戦において優勝を争うことさえできなかったことからすると、終盤の成績が悪かったことを過度にマイナス評価することはできない。また、西武球団が優勝を逃したのは、チーム全体の責任でもあり、涌井選手にその多くの責任を帰せしめているとすれば、合理性を欠く面がある。
以上からすれば、涌井選手の次年度の参稼報酬を現状維持とすることは、合理性を欠くものと考える。
本件金額を決定するにあたっては、当調停委員会としては、2010年度の涌井選手の実績及び同年度の参稼報酬の額を主たる考慮要素とし、入団以来の涌井選手の実績及び参稼報酬の額の推移、チームの2010年度の成績、エースとしての期待度、エースのモティベーションの向上、集客力に対する評価、西武球団の選手及びファンから見た同球団に対する魅力度の維持、向上(プロ野球選手に対する一般の夢を与えることをも含む)、西武球団の財政状況等について個々に検討を加え、さらに、西武球団に現在所属し、又は、過去に所属した西口文也選手、松坂大輔選手らの他の選手の成績及び参稼報酬の額等を参酌し、これらの点を総合的に考慮したうえで、次年度の参稼報酬金額の判断をした。
当調停委員会が特に重視した参稼報酬の金額の増額に働く要因及び減額に働く要因について主要な点を挙げると、下記のとおりである。
およそ参稼報酬は、双方の誠意ある交渉による合意により定まることが最も望ましいところ、西武球団と涌井選手との交渉の過程で、涌井選手が合意妥結を探り、希望金額を2億5000万円まで下げた経緯が認められるが、交渉の過程で、西武球団側にも、妥結に向けてのもう少し柔軟かつ積極的な姿勢が見られてもよかったのではないかと考える。
また、涌井選手においては、今シーズンにおけるエースとしての期待度の高さに、より一層応えられるべく、さらなる精進を望みたい。
以上