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【球跡巡り・第25回】沢村栄治が投げベーブ・ルースが打った日米野球の舞台 宇都宮常設球場

 栃木県宇都宮市の郊外にある市立宮の原小学校。今年創立50周年を迎えた同小学校の正門脇に、直径35センチの大谷石(おおやいし)製の野球ボールが乗った顕彰碑が建てられています。かつてこの地には日米野球も行われた「宇都宮常設球場」がありました。

 「隣の群馬には野球場がある。栃木にも負けないものを造ろう」。宇都宮野球協会会長の小野春吉さんが仲間に呼びかけ、多額の借金をして球場を完成させたのは1932年。内外野のフェンスはもちろん、収容人員2万人を誇ったスタンドも宇都宮特産の大谷石で造られ、当時としては全国屈指の野球場でした。

 小野さんが目を細め、球場がにぎわったのは完成2年後の1934年。ベーブ・ルース、ルー・ゲーリック、ジミー・フォックスらのホームラン王を擁し、「史上最強」と言われた全米打撃陣と、沢村栄治(京都商)、スタルヒン(旭川中)ら中等野球で豪速球投手として鳴らした選手で編成した全日本が戦った日米野球。その最終戦が行われました。

 師走を迎えた12月1日。最低気温が氷点下3℃と冷え込んだにも関わらず、球場には夜明け前の午前6時ごろから人だかりができ、試合開始の午後2時には2万人の観衆で膨れあがりました。“日光おろし”の冷たい北風が吹きすさぶ中、外野席にはスタンドの芝に火をつけ、たき火をしながら観戦する猛者もいたようです。

 ここまで15戦全敗の全日本が一矢を報いるか、注目の一戦。しかし、当時の読売新聞栃木県版によれば「全米チームは昼食でアルコールも口にするなど、余裕しゃくしゃく。昼食を終えたルースは、日米の国旗を振る芸者衆を見て大喜び。5円紙幣や50銭銀貨をわしづかみにして、スタンドに放り投げた」とあります。ベンチには暖を取るための火鉢も用意されていましたが、ここでビールを熱燗にして茶わんで一気に飲み干した選手もいたとか。この余裕があだとなり、1回表、堀尾文人選手の飛球を酔っぱらった外野手が落球。全日本は3点を先取し、初勝利に期待が高まりました。

 全日本の先発は、静岡草薙球場の第9戦で8回1失点の快投を演じた沢村でした。しかし、ドロップの投げ過ぎでヒジを痛めており、この日は球威がなく、制球も定まりません。5三振は奪ったものの、与四球9、3本塁打を浴び9失点と散々な内容で4回降板。リリーフした青柴憲一投手(立命館大)も打ち込まれ、5対14と大敗。結局、16戦全敗。日米の力の差をまざまざと見せつけられました。

 「我が国の野球発展のためには、職業野球団を作るしかない」。そんな論調が高まりました。この時戦った全日本チームが母体となり「大日本東京野球倶楽部」(読売巨人軍の前身)が結成されたのは、宇都宮常設球場での敗戦からわずか25日後の12月26日でした。

 球場はその後、宇都宮市が野球協会から買い上げて市営になります。戦時中は高射砲陣地や、食糧増産で畑として転用され、戦後はアマチュア野球や市民体育祭など幅広く利用されました。1960年12月に閉場すると、10年後の1970年4月に宮の原小学校が開校しました。冒頭の顕彰碑は、球場の歴史を後世に語り継ごうという話が持ち上がり、宇都宮市の野球協会とスポーツ振興課が協力して2004年春に設置されました。

 伝説の一戦から85年。開校50周年の節目にあたる今秋、この地が久々に注目を集めました。野球との深い縁にちなみ、バットとボールの人文字でギネス世界記録に挑戦したのです。宮の原小学校の児童や職員のほか、地域住民にも呼びかけて計662人が参加。ギネス側が設定した500人を大きく上回り、世界初の「人文字でバットとボールの形を作り出した最多人数」に認定されました。

 日本にプロ野球が根付き、日本人選手が海を渡りメジャーリーグで活躍しています。沢村とベーブ・ルースが対戦した85年前、そんな姿を想像できたでしょうか…。校門脇の顕彰碑を眺めながら、思いを巡らせました。

【NPB公式記録員 山本勉】

調査協力・宇都宮市立宮の原小学校
宇都宮市野球協会
宇都宮市立南図書館
参考文献・読売新聞栃木県版「栃木讀賣(よみうり)」(1934年12月2日)
読売新聞「浪漫探県隊・日米野球」(2005年1月1、3、4、5日)
産経デジタル(2019年10月8日)
写真提供・宇都宮市立宮の原小学校
宇都宮市野球協会
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