【コラム】WBCに出場した日本人メジャーリーガー・イチロー「唯一無二の功績」とは
第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が3月に開催される。侍ジャパンは大会連覇の期待がかかるが、第1回、2回大会に出場したイチローの活躍は月日を経ても色褪せない。
20年前に開催された2006年の第1回大会で、王貞治監督から電話で直々に打診を受けたイチローは出場を快諾。アメリカやドミニカ共和国などを見渡しても、メジャー・リーグのスーパースターがシーズン前にこの大会に出場するのは異例だった。
福岡の代表合宿からチームに合流し、強烈なリーダーシップでチームを鼓舞した。第1ラウンドを2勝1敗で通過すると、第2ラウンドの初戦・アメリカ戦で初回に先頭打者アーチを放ってチームを勢いづける。ところが、同点で迎えた8回一死満塁で岩村明憲が左翼へフライを放ち、三塁走者の西岡剛がタッチアップで本塁生還した際、アメリカ側の「離塁が早かった」と抗議が認められてアウトに。勝ち越しが認められずその後にサヨナラ負けを喫した。続くメキシコ戦は6対1で勝利するも、韓国戦は第1ラウンドに続き1点差で敗戦。苦しい状況となったが、メキシコがアメリカに勝利したことで失点率の差で準決勝進出を決めた。
韓国と3度目の対戦となった準決勝は絶対に負けられなかった。イチローは7回に適時打を放つなど猛打賞、2盗塁の大活躍で6対0と快勝。決勝のキューバ戦は1点リードの9回一死一、二塁の好機で右前適時打を放ってリードを広げた。10対6で勝利して見事に世界一に。イチローは第1ラウンドから決勝まで8試合すべてで安打を放ち、打率.364、1本塁打、5打点、4盗塁を記録して外野手部門で大会ベストナインに選ばれた。
残した数字以上にチームに与えた影響力は大きい。王監督を世界一にすると意気込んだ大会で頂点に立ち、「正直プレッシャーがすごかった。最大の屈辱も味わい、最高の瞬間も味わった。本当に素晴らしい仲間と戦えたことは僕がお礼を言わなきゃいけない。こんな形で報われて僕の野球人生で最高の日です」と声をはずませた。
第2回大会は打撃好調だった前回大会と違い、決勝前まで打率.211、0本塁打、3打点と苦しんだ。打順変更やスタメンから外してリフレッシュするべきだという声が上がったが、指揮官を務めた原辰徳監督はすべての試合で一番に起用。信頼が揺らぐことはなかった。ナインの思いも変わらない。内川聖一、亀井義行ら若手たちがイチローのようにソックスを見せるオールドスタイルで練習に臨んでいた。
劇的なドラマは、この大会で5度目の対戦となった決勝・韓国戦に訪れた。互いに手の内を知り尽くしている。同点で迎えた延長10回表に二死二、三塁の好機でイチローに打席が回ってきた。この試合は3安打をマークし、復調の兆しを見せていた。相手守護神・林昌勇との対戦で2ストライクと追い込まれた後にファウルで粘ると、8球目のシンカーを中前にはじき返して決勝打となる2点適時打。ベンチの選手たちは喜びを爆発させたが、二塁に到達したイチローはシーズン中と同様に表情を崩すことなはなかった。
「普段のゲームと変わらないのが僕の支え」と自身のスタイルを貫いた一方で、「ベンチを見たら泣いてしまいそうだった」と明かしている。大会連覇を飾った後のシャンパンファイトでは、満面の笑顔で喜びを爆発させた。普段はクールなイメージが強いだけにメディアで話題になったが、あの無邪気な姿が野球と仲間を愛するイチローの本質だろう。「個人的には想像以上の苦しみ、つらさ、痛覚では感じない痛みを経験した。谷しかなかったです。最後に山に登れて良かった。日本のファンの方々に笑顔を届けられて最高です。日本のすべての人に感謝したいですね」と安堵の表情を浮かべていた。
侍ジャパンが大会連覇を飾ったことで、アメリカや中南米の強豪国の目の色が変わったことは間違いない。その後にメジャー・リーグのスーパースターたちが大会参戦を続々と希望するようになった。WBCという大会の価値を高めた意味でも、イチローの果たした功績は計り知れない。
【文責:週刊ベースボール】

