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【記録員コラム】野球場の方位

 公認野球規則には様々なことが記載されていますが、野球場を造る際の「方位」についても触れられています。

公認野球規則2.01

「本塁から投手板を経て二塁へ向かう線は、東北東に向かっていることを理想とする」(競技場の設定から抜粋)

 近年はドーム球場も増えましたが、野球は元来屋外スポーツですから、太陽光を配慮した方位で造ることが求められます。プロ野球の本拠地として使用されている屋外球場の方位をまとめてみました。(方位は16方位、西暦は球場の開場年)

阪神甲子園球場 「南」 1924年
明治神宮野球場 「北北東」 1926年
楽天生命パーク宮城 「南」 1950年
横浜スタジアム 「北北西」 1978年
ZOZOマリンスタジアム 「南西」 1990年
マツダスタジアム 「東北東」 2009年

 あれれ…。野球規則に沿って造られているのは広島の本拠地・マツダスタジアムだけです。規則書の文言は「理想とする」となっており、強制力はありませんがバラバラですね。実はこの方位の規則は何度か変更されており、現在の「東北東」になったのは1956年から。これまでの変遷は次の通りです。

1920~1930年 「南」
1931~1935年 「記載なし」
1936~1949年 「南」
1950~1955年 「西南西」
1956~現在 「東北東」

 日本の規則書に初めて方位が載ったのは1920年でした。この前年は、米国で野球規則制定以来の未曾有の大改定が行われた年でもあり「ダイヤモンドの位置を定める際、出来得る限り本塁は北方に、投手板は南方に据え、投手は北面して投球するを可とす」と記されました。この文章は1930年までありましたが、なぜか1931~1935年まで消えています。1936年に「野球場の方位」として復活し、1949年までは「南」で変更はありませんでした。

 初めて方位が変わったのは1950年です。「本塁後方から見て投手板が西南西の方向になるように本塁の位置を定め、そして出来るだけプレーヤーが太陽の光線に眼を射られることを少なくするのが望ましい」と記されました。本塁からセンターへのラインが西南西を向くと、太陽は守備者の後方に沈み、確かに守備側プレーヤーは太陽光の影響は受けません。しかし、これだと打者が正面から西日を受け打撃をすることになり物議を醸したようです。この規則は1955年までの6年間しか運用されず、1956年からは真逆となる「東北東」になり現在に至っています。

 そもそも“太陽光を配慮した方位”とは、どの方角でしょう。テニス、サッカー、ラグビーなど他の屋外スポーツでは「長軸を南北とする」セオリーがあるようです。理由は明白で、朝日、西日が選手の目に入らないからです。野球場も前掲のように、当初は本塁からセンターへのラインが「南」になっていました。それに沿って造られたのが阪神甲子園球場と楽天生命パーク宮城です。私の記憶では、この2つの球場は晴天のデーゲームでも守備側の野手が太陽を目に入れ打球を見失ったことはありませんし、太陽光を気にしたバッターもいません。

 2009年に開場のマツダスタジアムは、現行の野球規則を忠実に守り「東北東」を向いて造られました。ここのデーゲームでは、多くの守備側プレーヤーが沈み行く太陽に苦慮させられています。西日をほぼ正面に受ける左翼手、中堅手が打球を見失ったシーンを記憶されているファンも多いと思います。高く舞い上がった飛球を処理する内野手や、送りバントの小飛球を追った投手が、西日を目に入れて落球したケースもありました。自然現象であり、逆光で消える打球を処理することが「プロの技の魅せどころ」とも言えますが、球場の方位が守備者にとっての“魔物”を生んでいることは事実です。

 公認野球規則はアメリカのOFFICIAL BASEBALL RULESに基づき作られています。したがって、球場の方位に関する1950年以降の2度の変更もそれに追随しています。野球のルールは、これまで起こったプレイを元に細部まで討論し決定されており、ほぼ完成形に近いと思います。しかし、球場の方位に関しては首をかしげるのは私だけでしょうか。

 2017年に山形県山形市に完成した、きらやかスタジアムは、甲子園や楽天生命パークと同じく本塁からセンターのラインを「南」にして造られました。この他、阪神二軍の本拠地・鳴尾浜球場(1994年完成)、倉敷マスカットスタジアム(1995年完成)、松山坊っちゃんスタジアム(2000年完成)なども同様です。野球規則より、「長軸を南北とする」屋外競技場のセオリーを取り入れたことは関係者のファインプレーに思えます。

 ヤクルトの本拠地・明治神宮野球場は、数年後に建設地を若干移して新装されるようです。果たして、新球場はどの方角を向いて建設されるのでしょう。魔物が棲まない、選手に優しい球場になることを願っています。

【NPB公式記録員 山本勉】