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【記録員コラム】伝統の一戦 トリビア「観衆」

 トリビアで伝統の一戦を振り返る2回目は「観衆」編です。

【観衆】90,000人と200人

 公式記録としてスコアカードに残る1試合の最多入場者は70,000人です。それが初めて記録されたのが、甲子園球場に夜間照明が設置され“ナイター開き”となった1956年5月12日の阪神-巨人戦でした。

 関西では大阪、西宮に続き3球場目でしたが、セ・リーグのファンにとっては待望の甲子園での初ナイターとあって、球場は大混乱。試合開始直後に内野席は満員となり閉鎖されましたが、入場券を無制限に発売していたため入場できない500人が入口に殺到したそうです。「入れろ」「入場できない」―。ファンと球場警備員の押し問答が約1時間続き、最後はネット裏の貴賓席を開放する特別処置を講じました。

 ナイター効果もあり、この年甲子園で行われた巨人戦13試合の入場者数は651,000人(1試合平均、約50,000人)。同じく関西に本拠地を置いていた南海(現ソフトバンク)の、主催77試合での総入場者数713,900人に迫る集客でした。

 一リーグ時代の1949年4月24日には、甲子園で行われた阪神-巨人のダブルヘッダーに非公式(スコアカードに観衆が未記入)ながら、90,000人もの観衆が詰めかけたとの新聞記事が残ります。

 翌25日付けのスポーツニッポンは「甲子園未曾有の大観衆」の見出しで、一、三塁側のファウルグラウンドにまであふれた約3,000人のファンを「グラウンドに波状攻撃」と伝えています。そして、球場側の話として「(観衆は)90,000人を超えた」と記述。第1試合の5回終了時には、ファンが張ってあったロープを越えてベンチ前まで押し寄せ、28分間の中断を余儀なくされました。70年以上前に、即席とはいえ“フィールドシート”で観戦したファンがいたとは驚きです。

 阪神のマネジャーとして、一塁側ベンチに入っていた奥井成一さんは「場内が騒然としていたので、進駐軍の兵士が空砲を撃って観客を鎮めました」と回想。終戦から4年。市民の生活も落ち着きを取り戻し、急速に野球熱が高まってきたことがうかがえます。

 昨年から続くコロナ禍で、巨人と阪神の戦いもここまで4試合の無観客試合を強いられました。しかし、平時であればスタンドは常に多くの野球ファンで埋まります。そんな両チームの戦いですが、60余年前には公式記録としての観衆が「200人」と、ガラガラのスタンドで行われたゲームが3度ありました。

 1954年10月25日(甲子園)と、翌1955年10月10日(甲子園)のダブルヘッダーで、両日ともリーグ優勝が決まった後のいわゆる“消化ゲーム”でした。発表は200人でしたが、実際は何人のお客さんがいたのでしょう…。年間シートが発売される今日のプロ野球では、永遠に破られることのない最少記録です。(無観客試合は除く)

【NPB公式記録員 山本勉】

調査協力・野球殿堂博物館