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【コラム】念願の“ノーノー”を達成したオリックス・山本由伸のターニングポイントとなった高校時代の一戦

 チームメートのT-岡田からは「遅かったな」と声を掛けられたという。昨季の沢村賞右腕・山本由伸が6月18日の西武戦(ベルーナドーム)で史上86人目、通算97度目のノーヒットノーランを達成した。ロッテ・佐々木朗希(完全試合)、ソフトバンク・東浜巨、DeNA・今永昇太に続く今季4人目の偉業。“ノーノー”ラッシュが続いていたが、山本本人が「いつかはやりたい」と口にしていた無安打無得点試合をようやく演じてみせた。

 試合序盤から快挙の予感が漂った。最速155キロを記録した直球の平均球速は152.2キロ。この試合で投じた45球の直球のうち、150キロに届かなかったのはわずか1球だった。圧倒的なスピードに加え、キレ、コントロールも完璧。初回先頭の川越誠司を内角直球で空振り三振に仕留めると、以降も直球中心に力で押していく。打順が二回り目に入れば初球からフォークで空振りを奪い、120キロ台のカーブでカウントを整える。「若月(健矢)さんを信じて投げました」と捕手とのコンビネーションも抜群だった。

 5回二死から外崎修汰に四球を与え初めて走者を許したが、動じない。続く平沼翔太を空振り三振。以後、再び完全投球を続ける。9回一死からは代打で森友哉が登場。「出てくるとは思っていなかったので、ビクッとしました」と言うが、強打者を相手にギアが上がった。カウント2-1からフォークでファウルチップを奪うと、5球目には直球を選択。うなりを上げた155キロが外角低めへ決まると、森はまったく反応することができず見逃し三振に。最後は川越を一ゴロで与四球1の準完全試合となるノーヒットノーランを成し遂げた。

 球界最強投手の名をほしいままにする山本だが、当然初めから完璧だったわけではない。都城高入学時の野球部監督だった森松賢容氏は「ターニングポイントはあの試合だったと今でも思うんです」と述懐する。中学時代の本職は野手だった山本のキャッチボールを入部直後に見た森松氏は「この子を投手で育てたい」と直感が働いた。だが、当時の最速は120キロ台前半。投手としてはすぐに公式戦に出すことはできない。まずは野手として起用し、投手に専念したのは夏の大会後だった。

 迎えた1年秋の宮崎県大会。勝てば九州大会出場が決まる準決勝、相手は延岡学園高だった。山本が先発して4回を終わって7対3。この日は台風が迫っていたこともあり、風が強く、雨も降っている悪天候だった。5回からは打ち取った当たりもイレギュラーするなど不運な形もあってアウトを奪えず、失点を重ねた。ベンチに戻ってきた山本は下を向き、攻撃中なのに声も出さない。我慢できずに森松氏は「その態度はなんだ!お前がそんなんじゃ、誰も頑張らないぞ!」と怒鳴ってしまったという。

 案の定、試合は9対10で逆転負け。勝利にこだわるのなら山本を降板させたほうが良かったが、森松氏は最後まで投げさせた。「マウンドという一番高い場所に立つ男が周りを見なかったら、チームは1つになりません。完投は彼のためでもあり、チームのため。長い目で見て、彼をマウンドから降ろすことはしませんでした」。先発を託されている責任感を理解してほしかったのだ。翌日から始まった冬の練習。目の色が変わっていた山本の姿があった。その後、着実に成長曲線を描いていった山本。今では一挙手一投足、すべて模範となっている。球界最強投手の原点は、この高校時代の一戦にあったのかもしれない。

【文責:週刊ベースボール】