【球跡巡り・第72回】日系二世 銭村健四(広島)が球史を刻む 滝川町営球場
北海道のほぼ中央、札幌市と旭川市の中間に位置する滝川市は周辺の石炭産業に支えられ商業の街として発展して来ました。いまはスカイスポーツが盛んで、石狩川沿いをグライダーが優雅に飛んでいます。ここに公設野球場が建設されたのは、まだ空知郡滝川町だった頃の1949年8月でした。(1958年7月1日より滝川市)
国鉄(現JR)滝川駅から東へ約1キロメートル。空知川沿いの堤防近くに造られた滝川町営球場は、両翼フェンスまでの距離92.7メートルは標準でしたが、センターまでは100.6メートルで当時としてもコンパクトなサイズでした。
完成4年後の1953年に生まれた山口清悦さん(70)は、この球場のことを記憶にとどめています。「今はあの辺りも民家が増えましたが、当時は堤防のそばにポツンとあった野球場でした。小学生の時は、よくスタンドで高校野球を見ましたね」と振り返ります。中学校での軟式野球を経て、地元の滝川高校では硬式野球部に所属し一塁手として活躍しました。「この地域の高校野球の大会ではメイン球場として使われていましたから、芦別や赤平からチームが来て対戦しました。2年生の時にはここで優勝を飾り、北北海道大会出場を決めた思い出もあります。その時のウイニングボールは自宅にあるはずです」。
山口さんにはこの球場でプロレスを観戦した記憶も残ります。「小学生の時だったか、球場でプロレスがありました。グラウンドの真ん中にリングがあり、その周りはもちろんスタンドも満員で凄いにぎわいでした。力道山が主力で、ジャイアント馬場やアントニオ猪木は若手でした。馬場さんに近づきましたが足が大きくてビックリしましたよ。60年以上経った今でも忘れられません」。野球場で見た、元プロ野球選手の“16文”が脳裏に刻まれています。
プロ野球公式戦は1950年8月に阪神対中日戦が予定され、前売り券も完売でしたが残念ながら雨天中止に。1953年夏に行われた広島対名古屋戦が唯一開催された一軍戦です。二リーグに分立して4年目のこの年、初めてセ・リーグ全6球団が揃って津軽海峡を渡りました。前年までの北海道遠征は2チームずつの編成で行っており、雑誌「野球界」は「前例を破って6球団で北海道遠征」と特集記事を組むほどでした。東京、名古屋、大阪の野球ファンにはオールスター戦というお祭りを提供しており、6球団揃っての興行は北海道の野球ファンに対するリーグからのプレゼントだったのです。
8月6日に函館、室蘭、8日は旭川、夕張、苫小牧の各球場で試合を行い、日程最終日の9日が札幌円山とここ滝川町営球場での開催でした。円山球場には収容人員2万5000人のところ、4万人のファンが詰めかける熱狂ぶり。滝川町営球場のスタンドも満員に近い8000人の観客で埋まりました。
広島が川本徳三、名古屋が宮下信明の先発で始まった試合。いきなりスタンドを沸かせたのは、この年6月にアメリカから来日した日系二世の銭村健四外野手でした。1回裏、広島の先頭打者として打席に立つと、宮下投手の初球をレフトポール際へ来日99打席目で初本塁打。1950年にチームを結成した広島で「初回先頭打者本塁打」を記録するのは白石勝巳、金山次郎に次いで3人目。プロ初本塁打を初回先頭打者として初球で記録したのは2リーグ制後初となる、メモリアルな一発でした。
広島のこの時の遠征は7月21日の中日球場(名古屋市)から始まり、新潟県長岡市、埼玉県大宮市、後楽園球場(東京都文京区)、青森県八戸市と回り北海道に渡り、函館市、苫小牧市を経て滝川町へ来るハードな日程でした。夜行列車の移動では通路にむしろを敷いて、そこで眠りました。カリフォルニアで生まれ育ち、日本文化に初めて接した銭村は「アメリカで通路に眠ると車掌さんに怒られるよ」と驚きながらも、徐々に実力を発揮。7月29日の巨人戦からの連続試合安打をこの日で10に伸ばしました。
銭村は4回裏にライト前タイムリーを放つと、5回裏には二塁盗塁を決めるなど、2安打3打点、1盗塁の活躍。試合は3本塁打、6盗塁と攻撃陣が活発だった広島が12対3と大勝しました。一般家庭にテレビが普及していなかった時代。ほとんどの観客が初めて見る「プロ野球」でしたが、その視線の先にあったのは身長171cm、体重64kgと小柄な日系二世の、はつらつとしたプレーでした。
前記のように高校野球の地区大会等でも重宝された野球場でしたが、滝の川運動公園内に新球場建設が決まり1971年のシーズンで役目を終えました。跡地には滝川市文化センターが建てられ1973年夏にオープンしましたが、こちらも老朽化により2022年3月で閉鎖に。残念ながら、そこにかつて野球場があった形跡を見つけることはできませんでした。
【NPB公式記録員 山本勉】
調査協力・ | 山口清悦さん 滝川市立図書館 野球殿堂博物館 |
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参考資料・ | 雑誌「野球界」vol.43 |
写真提供・ | 滝川市 滝川市立図書館 |