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【球跡巡り・第98回】パ・リーグ2期制の1973年に“開幕ゲーム”を行った 鳥取市営球場

 鳥取県鳥取市の西部、湖山池の近くに県立布施総合運動公園(ヤマタスポーツパーク)があります。野球場のほか、陸上競技場、テニス場、球技場、体育館など複数の運動施設があり賑わっています。その一角、主にサッカーやラグビーを行う球技場がある場所には、かつて鳥取市営球場が存在しました。

 完成は1968年夏。両翼95メートル、中堅120メートルのサイズは当時県内にあった米子湊山球場や倉吉市営球場より大きく、県内一の規模でした。鳥取県高野連の審判長を務めた石谷益男さん(75)は、当時高校2年生で野球部に所属。「完成直後に練習試合がありサードで出場しました。田舎の球場にしては立派だと思いましたね」と60年近く前を思い浮かべます。

「でもね、高校1年生の時に遠征でPL学園(大阪)に行き、野球場のような立派なグラウンドが2つあるところで試合をやったので、そこのイメージが強すぎて…」と苦笑い。1970年代後半以降にその名を全国に轟かせることになる強豪校の、プロ野球も顔負けの豪華施設を目の当たりにしていただけに、県内随一の野球場の誕生にも“田舎にしては”の感想が浮かんだのでした。

 その球場で唯一の一軍公式戦が行われたのは1973年7月28日でした。この年からパ・リーグはシーズンを前期と後期に分け2期制で戦いましたが、その後期開幕戦となる近鉄対太平洋戦が開催されました。鳥取県では1955年以来、18年ぶりの一軍戦でしたが、なぜか主催の日本海新聞は「山陰初のプロ野球公式戦」と紙面に活字を躍らせました。

 当日は夏休み直後の土曜日だったこともあり、球場周辺の駐車場は早々と満車になり、スタンドも開始前に9000人(満員)の観衆で埋まりました。そんな中、両チーム監督や選手たちが驚きの表情でグラウンドを見つめていました。なんと、外野がレフトからライトにかけて大きく傾斜しており、三塁側ベンチ(太平洋)から見ると内野が陥没してレフトの芝生が盛り上がって見えるのです。

 実はこの球場は軟弱な地盤の上に造られたため、開設当初から地盤沈下による施設の破損やグラウンドの凹凸が絶えなかったのです。2年前の1971年にロッテのスカウトとしてこの球場に来たことのある太平洋・青木一三専務は「この前はこんなに酷くはなかった。日本海側の地盤沈下は凄いね」と驚きの表情を見せていました。

 現在のプロ野球なら開催も危ぶまれますが、当時は寛容な時代でした。ゴルフ好きの太平洋・稲尾和久監督は「ここは野球よりゴルフ向きや」と笑わせ、「二塁に滑り込んだら選手がもぐっちゃうんじゃないの」と悪乗り。グラウンドの補修整備を要求するわけでもなく、試合は予定通り定刻に始まりました。

 この試合を前出の石谷さんはスタンドで観戦していました。「22歳の時でした。就職先で軟式野球をやっていたので、そのチームメイト何人かと行きました。でも50年以上も前のことなので、試合内容はもちろん、どこに座ったかも記憶にありません。ただ、太平洋のユニフォームの上が赤色だったことは鮮明に覚えています」。この年からチーム名が西鉄から太平洋に変わったライオンズ。西鉄末期の暗いイメージを払拭するかのように、燃える闘志の「赤」を大胆に使用したユニフォーム。石谷さんの目に刻まれたインパクトは、半世紀が経っても残っていました。

 グラウンドではその赤いユニファームをまとった背番号「21」の右腕が躍動しました。太平洋の先発マウンドに上がった5年目の東尾修投手です。

 初回、味方打線から2点の先制点をプレゼントされると、5回まで毎回走者を背負うも粘りの投球で失点を許しません。6回から8回までは3人ずつで片付け、9回は走者一、二塁のピンチを切り抜け128球で近鉄打線を完封。6対0で太平洋が勝ちました。東尾投手の与えた四球は0。完封勝利は通算5度目ですが、「無四球完封」はプロ入り初でした。現役20年で251勝を挙げ、33度の無四球試合を記録しましたが、そのスタートはここ鳥取市営球場に刻んでいるのです。

 前述のように建設地の地盤が軟弱だったこともあり球場は1970年代後半には閉鎖され、短命に終わりました。その後、85年の鳥取国体に合わせて地盤改良をした後、冒頭の県立運動公園が造られました。野球場に隣接の陸上競技場では、2021年に山縣亮太選手が100メートルを9秒95で走り、日本記録を樹立し注目を集めました。残念ながら新設球場(ヤマタスポーツパーク野球場)では一軍公式戦は開催されていません。鳥取県の東部に再びプロ野球の球音がこだまする日は来るのでしょうか。

【NPB公式記録員 山本勉】

調査協力・石谷益男さん
参考文献・日本海新聞(1973年7月29日)