【コラム】「歩」のように一歩ずつコツコツと前へ、巨人・松本剛が積み重ねる勝利への仕事
待望の一発は、巨人・松本剛にとって特別なアーチとなった。7月31日のDeNA戦(東京ドーム)。二番・左翼で先発出場した松本は、初回一死の第1打席で平良拳太郎のスライダーを柔らかく捉えると、打球は左翼席最前列へ飛び込んだ。新天地で81試合目、257打席目にして飛び出した待望の第1号。日本ハム時代の2024年6月14日以来の本塁打に「素直にめちゃくちゃうれしいです」と笑みを浮かべた。
もっとも、松本の価値はこの一発だけではない。8回無死一塁では、一塁走者・浦田俊輔がスタートを切った瞬間、一、二塁間へしぶとく運ぶ右前打を放った。フルカウントから内角へ食い込むツーシームを逆方向へ運び、「イメージどおりの安打かなと思います」と振り返った一本で一、三塁とチャンスを拡大。この回は3点を追加して6対0とリードを広げ、試合を決定づけた。ホームランという結果以上に、二番打者としての役割を体現した一本だった。
2022年には打率.347で首位打者を獲得したヒットメーカー。しかし昨季は66試合の出場にとどまり、打率.188、本塁打0本と苦しんだ。それでもオフにFA権を行使した。「新しい場所で勝負したい」。その思いの背景には、自らの力をもう一度証明したいという強い意志があった。幼いころから憧れていた巨人。阿部慎之助監督から「力を貸してほしい」と声を掛けられたことも大きな後押しとなった。日本ハム一筋14年を過ごした男は、慣れ親しんだ環境を離れ、新たな挑戦を選んだ。
興味深いのは、その野球観である。自らを将棋の駒にたとえると、「歩ですかね。一歩一歩、コツコツと前に進んでいくので歩も強いんですよ」。主役を演じるより、目の前の役割を一つひとつ果たす。その積み重ねが、やがてチームを勝利へ導くと信じている。
「長打を打てるタイプではない」と自らを分析する一方で、「ヒットメーカーであることが自分の存在意義」と言い切る。その言葉どおり、松本が目指すのは、状況に応じて走者を進め、相手が嫌がる一本を積み重ねる打者だ。「評価してもらったのはそういう良さ。ジャイアンツでも、よりいいものを出していきたい」。長打ではなく1本の安打を積み重ねることこそ、自身の使命だという思いがにじむ。
その「自分にできることを積み重ねる」という考え方は、守備にも表れている。「特別に足が速いわけでも、肩が強いわけでもない」と話しながらも、「判断力や追い方、球出しで補える部分がある」と語る。一歩目のスタートや打球への入り方、捕球から送球までの技術を磨き続けることで、外野手としての評価を築いてきた。打撃だけで評価される選手では終わりたくない。打てない日でも守備や走塁、つなぎの打撃で貢献し、「打線の中にいたら嫌な選手」であり続けたい。それが松本の描く理想のプレーヤー像である。
優勝争いが激しさを増す後半戦。勝敗を分けるのは、豪快な一発だけではない。一つのアウトや進塁打、好守の積み重ねが流れを引き寄せる。「歩」のように一歩ずつ前へ――。目立たなくとも、与えられた役割を着実に果たす松本の存在が、巨人の優勝の行方を左右する。
【文責:週刊ベースボール】