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【コラム】楽天3年間で盗塁ゼロから新天地で快足発揮、広島・辰見鴻之介が47年ぶりプロ野球タイ「代走25盗塁」

 広島のスピードスターが勲章を手にした。9月3日の中日戦(バンテリンドーム)、辰見鴻之介は3対2と1点リードの7回一死一塁でモンテロの代走として登場。カウント2-2からの5球目にスタートを切り、二塁へ頭から滑り込んだ。4度のけん制を受けるなど警戒されながらも、迷いはなかった。一度はアウトと判定されたが、辰見はすぐさまベンチへリクエストを要求。新井貴浩監督がリプレー検証を求めると、判定は覆ってセーフとなった。今季26個目の盗塁で、代走での盗塁は25個。1979年に藤瀬史朗(近鉄)が記録したプロ野球記録に、47年ぶりに並んだ。

 記録達成に安堵するなか、その直後に坂倉将吾が三塁線を破る適時二塁打を放ち、自らも本塁を踏んだ。「盗塁を決めるだけよりも、得点できるとうれしい」。自らの足でチャンスを広げ、最後はホームまで駆け抜ける。今季、代走の切り札として存在感を高めてきた辰見を象徴する一連のプレーだった。

 2023年に育成ドラフト1位で西南学院大から楽天に入団。1年目に支配下登録されたものの、2年目を終えると再び育成選手となった。昨季7月下旬に支配下へ復帰すると、イースタン・リーグで31盗塁を記録して盗塁王に輝いた。一方で一軍では出場機会を得られず、3年間でわずか2試合の出場、盗塁はゼロ。昨オフ、現役ドラフトで広島へ移籍したことが、大きな転機となった。

「ひと花咲かせに来た」との思いで飛び込んだ新天地で、運命が変わった。春季キャンプから俊足をアピールし、開幕一軍入り。4月4日の阪神戦(マツダスタジアム)では8回二死一塁から代走で移籍後初出場すると、すぐさま二盗。これがプロ初盗塁だった。その後も代走として着実に結果を残し、チームに欠かせない存在となった。移籍を機に、楽天時代には禁止されていたヘッドスライディングも解禁。「タッチからよけやすくなる」と、少しでも成功率を高めるための選択だった。赤松真人外野守備走塁コーチと二人三脚で走塁技術を高め、スタートやスライディングにも磨きをかけてきた。

 その脚力は、決して偶然の産物ではない。高校時代に50メートル走6秒1だったタイムを、大学では5秒7まで短縮。下半身の筋力強化や瞬発系トレーニングに励み、走塁技術も身につけた。西南学院大では2年秋に10盗塁を記録し、4年春には打率.314、7盗塁でベストナインを受賞。右肩の手術という試練も乗り越え、プロへの道を切り開いた。

 新井監督は「スピードはもちろんだけど、スタートを切る勇気を持っているし、準備であったり、そういうのもプロフェッショナル」と評価する。足が速いだけでは、盗塁は決まらない。相手バッテリーの動きを読み、入念に備え、最後は迷わずスタートを切る。その積み重ねが、47年ぶりの記録に並ぶ25盗塁につながった。

 大学時代、「プロ野球選手になって、盗塁王とゴールデン・グラブ賞を獲りたいです」と夢を語っていた辰見。鴻之介という名前には、コウノトリのように「未来に大きく羽ばたいてほしい」との願いが込められている。楽天で出場機会をつかめなかった時間を経て、現役ドラフトで広島へ。代走の一枠から始まった挑戦は、ついに球史に残る記録へとたどり着いた。だが、辰見にとっては、ここがゴールではない。夢の続きへ向け、25歳のスピードスターは、これからも走り続ける。

【文責:週刊ベースボール】