【球跡巡り・第36回】7者連続三振を奪って叱られた320勝右腕 山口市民球場
21歳右腕の速球が唸った―。阪神タイガース、東京・ロッテオリオンズなどで活躍し、NPB歴代3位の320勝を挙げた小山正明さん(86)。入団4年目に山口県山口市で行われた広島との一戦で、プロ野球唯一の記録として残る「先頭打者から7者連続奪三振」を樹立しましたが、今も鮮明にその日のことを記憶に留めています。
山陽新幹線の新山口駅で在来線に乗り換え、北進すること20分。開湯600年の歴史を誇る湯田温泉最寄りの湯田温泉駅に着きます。そこから徒歩10分ほどのところ、今は中央公園として整備され市立図書館も建つ場所に、1951年開場の山口市民球場がありました。
3月21日に開幕した1956年のペナントレース。広島対阪神4回戦が行われたのは、桜のつぼみがほころび始めた3月27日でした。「この年からストレートが行き始めてね。それまでの3年間と、それ以降では全然違った。だからこの試合のことはよく覚えているよ」。64年の歳月が流れた若かりし日をたどり始めました。
1回表に味方打線が1点を先制し、気を良くして上がったマウンド。先頭打者の金山次郎を見逃し三振に仕留めると、二番から六番までは全て空振り三振に斬って取ります。「この日は初めからめちゃくちゃボールが走っていたね。投げていて“カープ打線は打てんな”と思ったもの」。この時、小山さんの持ち球は磨きが掛かり始めた直球にスライダーの2つだけ。しかも「スライダーはほとんど投げなかった。9割ぐらいは直球だった」というから驚きです。
3回裏、先頭の銭村健四から空振り三振を奪い、圧巻の先頭打者から7者連続奪三振。「先頭打者から」の条件を外しても、当時では金田正一(国鉄)ら3人しか記録していないプロ野球記録に並びました。打順は八番、九番と下って行きます。記録更新の確率は高まり、小山さんも意気込みました。しかし、その矢先「八番の恵川(康太郎)というバッターにフルカウントから四球を出してしまってね…」。九番打者はピッチャーだっただけに、“針の穴を通す”とも言われた巧妙な制球力が肝心の場面で乱れたことに、今も悔しさがにじみます。
記録こそ途切れましたが、その後も三振を重ね6回で11奪三振。プロ入り初の2ケタ奪三振をマークしました。試合はこの間に味方打線が2点を追加し、3対0。誰もが阪神の勝利を疑わず、注目は小山投手の奪三振ショーに移ったように思えました。ところが7回裏、小鶴誠、門前眞佐人に連続本塁打を浴びます。直球の走りに気を良くし、初回からエンジン全開だったことが響き、突如疲れが襲ったのです。その後、四球と2本の安打で同点とされると、金山にスクイズを決められ、あっという間に4失点。今もプロ野球記録の先頭打者から7者連続奪三振をマークしながら、最後は負け投手になりました。
天国から地獄へ。ベンチでうな垂れる若き右腕に、仲間は容赦ありません。「先輩の藤村隆男さんにめちゃくちゃ叱られましたよ。いくら三振を取っても、勝てんピッチャーではダメや、ってね」。この時、藤村はベテランの域に達した35歳。そこまでチームの柱として通算131勝。将来を嘱望された21歳の小山をおもんぱかっての、愛情ある“喝”だったのです。
凹んでいる姿を見て、もう一人の重鎮・真田重蔵も声をかけました。通算178勝を挙げ、ノーヒットノーランを2回達成した右腕は32歳。この年から打者に転向し、チームに在籍していました。持ち球がたった2つで、ほとんど直球で相手打線に立ち向かう若者に「もう一つ変化球を覚えたらどうだ」と助言。小山さんの変化球と言えば、王貞治(巨人)をきりきり舞いさせたパームボールが有名ですが、その魔球を会得したのは、まだ先の話。真田の一言をきっかけにマスターしたのは「カーブ」でした。
「このボールを覚えたらピッチングが楽で、楽でねえ」。いたずらっぽく笑みを浮かべます。それまでほぼストレート一本鎗だった投球が、カーブを取り入れたことで緩急が付き、ピッチングの幅が広がったのです。この年17勝を挙げると、2年後の1958年にはチーム最多の24勝。1962年のリーグ初優勝には27勝(11敗)を挙げて貢献。最高勝率に沢村賞も載冠しました。若き日の山口市民球場でのホロ苦い一戦は、小山さんが“大人の投手”へ変貌を遂げるターニングポイントになったのです。
ここでのプロ野球開催は1958年までで7試合に過ぎませんでした。しかし、街の中心部にあり交通も至便だったことで、1990年代の半ばまで高校野球や市民の野球大会に利用されました。その後、1995年5月に市内宮野上に西京スタジアムが完成したことで、1998年11月に47年の歴史に幕を下しました。跡地は冒頭の中央公園として、緑の芝生が広がり市民の憩いの場となっています。
【NPB公式記録員 山本勉】
調査協力・ | 小山正明さん |
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