• セントラル・リーグ
  • 読売ジャイアンツ
  • 阪神タイガース
  • 中日ドラゴンズ
  • 横浜DeNAベイスターズ
  • 広島東洋カープ
  • 東京ヤクルトスワローズ
  • パシフィック・リーグ
  • 福岡ソフトバンクホークス
  • 千葉ロッテマリーンズ
  • 埼玉西武ライオンズ
  • 東北楽天ゴールデンイーグルス
  • 北海道日本ハムファイターズ
  • オリックス・バファローズ
  • 侍ジャパン

日本野球機構オフィシャルサイト

ニュース

NPBニュース

【コラム】母親の命日に放ったメモリアルアーチ、巨人・坂本勇人は“強い巨人”を体現していく

 「オカンも喜んでくれているんじゃないですか」

 淡々と、だが、実感を込めて語った巨人・坂本勇人は空を見つめた。6月19日、阪神戦(甲子園)。2対1と1点リードの6回二死、伊藤将司が投じた初球のスライダーをとらえた打球は左翼席ではずんだ。史上65人目の通算250本塁打。遊撃で出場時に放った本塁打は249本目となり、これは池山隆寛(ヤクルト)に並んで最多記録となった。地元・兵庫で架けたメモリアルアーチ。この日は2007年に病気で他界した母・輝美さんの命日でもあった。

 14年前――坂本はプロ1年目。当時、5月12日のイースタン・日本ハム戦(姫路)で、車イスで応援に駆け付けた母の前で本塁打を放った。しかし、最愛の母は坂本が一軍でヒットを打つ姿を見ぬまま逝ってしまった。無念の思いはある。それでも、坂本は不断の努力で球史に残る遊撃手へと成長を果たした。

 昨年11月8日のヤクルト戦(東京ドーム)では史上53人目の2000安打を達成。31歳10カ月での大台到達は榎本喜八(東京)の31歳7カ月に次ぐ史上2番目の年少記録で、右打者では土井正博(クラウン)の33歳6カ月を抜く史上最年少と価値あるものだった。だが、満足することはない。繰り返し「バッティングの難しさへの挑戦は終わらない」と語り、向上心を胸に前に進んでいる。

 「バッティングに手応えを感じたことは今まで一度もありません。例えばホームランを40本打ったときも(19年)『良かったな』と思いますが、それに対して満足という感覚はありません。タイトルを獲ったときもそうです。確信は今でも得てないですし、こういう打ち方のほうが率も上がりやすいのかな、という程度。昨年まではそこそこ打ててきましたけど、今年は打てるか打てないかは本当に僕でも分からない。だから、いろいろ試しながら練習するわけです」と今年のキャンプ時に語っていたが、「それは苦しい作業では?」と問われると真っすぐな瞳でこう続けた。

 「でも、これをしなくなると、それはやめるときだと思うんです。楽しいとか、苦しいとか、そういう感覚ではやっていません。当たり前のことというか、野球を始めてからずっと『どうやったら打てるんだろうな?』と思ってやってきたわけですから。今もそれは変わらないということなんだと思います。今年は『小さな動き』でシンプルなバッティングを目指していますが、それがゴールでも、最終的な理想形でもないんです。ただ、結果は絶対に欲しいですし、結果を残さなくちゃいけないと思っています」

 今年は5月9日のヤクルト戦(東京ドーム)で一塁走者時にけん制されヘッドスライディングで帰塁した際、右手親指末節骨を骨折。一軍復帰まで1カ月を要し、首位・阪神とゲーム差も大きくあけられたが、当然勝負はこれからだ。昨年は日本シリーズでソフトバンクに2年連続4タテを食らう屈辱を味わい、「今年は圧倒的な強さで、3連覇をしたいです。『ああ、やっぱり強いな、ジャイアンツ』と思わせたい」と誓っていた。強い巨人を体現する、その先導役はやはり坂本勇人だ。

【文責:週刊ベースボール】