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NPBニュース

【ファーム球場物語】~序章~

 本拠地球場を含めた二軍施設移転のニュースが相次いでいます。ヤクルトは2027年から茨城県守谷市へ、ロッテは2030年ごろの千葉県君津市への移転が決定。また、日本ハムは千葉県鎌ケ谷市から北海道の札幌圏へ、中日はナゴヤ球場から東海地区の地方自治体への移転を計画しています。

 ヤクルトは1977年に神奈川県横須賀市の京急武山球場から、埼玉県戸田市の戸田球場へ本拠地を移転しました。2026年は節目となる50シーズン目。戸田での半世紀に及ぶ球史に幕を下ろします。中日は「名古屋」として二軍を結成した1951年から一度も本拠地を変えなかったナゴヤ球場(旧中日スタヂアム)にまもなく別れを告げます。二軍本拠地の移転が活性化している今、ファームの歴史を振り返るとともに、各球団がメインとして使用した野球場をたどります。

 二軍制度は一リーグ時代の1948年に金星と急映(現日本ハム)がチームを編成したことに始まります。その後、各球団が二軍を結成したことでファームリーグが発足。52年に関西のチームを中心に7球団で「関西ファームリーグ」が、54年にはセ・リーグ6球団により「新日本リーグ」が結成されました。ただし、どちらも日本野球機構の管轄外でリーグが独自に運営したものでした。NPBが統括するリーグの設立は55年で、2月に「イースタン・リーグ(以下イースタン)」、3月に「ウエスタン・リーグ(以下ウエスタン)」が結成されました。

 イースタンは毎日、巨人、国鉄、東映、大洋、トンボ、大映の7球団で編成されました。各球団とも一軍とは異なるニックネームを使用し、4試合総当たりの84試合(1球団24試合)を消化。初年度は毎日が2位国鉄に4ゲーム差を付けて優勝を飾りました。ところが翌1956年になると、「選手数の問題からリーグ戦へ参加することが不可能」と参加を見合わせる球団が現れ、60年までの5年間は「休止」されます。

 リーグの再開は1961年。構成は大毎、巨人、国鉄、東映、大洋の5球団でした。リーグの優勝回数や個人記録をカウントする起点はこの年になっています。以後、一軍の球団譲渡や新球団の加盟などでチーム数が増え、2025年終了時点では8球団でリーグ戦を行っています。

 今では各球団が豪華な専用練習場や公式戦開催球場を構えていますが、イースタンに加盟の在京球団は当初本拠地球場を持つ一軍が少なかったこともあり、練習場や試合開催球場の確保に苦労した歴史があります。

 ヤクルトは1977年に戸田球場を拠点とするまでは、15年間で4カ所を転々とするジプシー生活でした(国鉄、サンケイ、アトムズ時代を含む)。ロッテは大毎時代の60年代は一軍所有の東京スタヂアムを専用使用できましたが、そこを手放した73年以降は流浪の旅を余儀なくされます。89年に現在使用するロッテ浦和球場に落ち着くまでの16年間で5球場を間借りしました。

 ウエスタンの当初の参加球団は名古屋以西に本拠地を置く中日、南海、近鉄、阪神、阪急、広島、西鉄の7球団でした。イースタンは結成1年後に5年間の休止期間がありましたが、ウエスタンは中断されることなく運営されました。ただし、あまりお金をかけたくなかったのか試合数は極めて少なく、1958~60年の3年間は4試合総当たりの年間84試合しか行われませんでした。

 試合数が大幅に増加したのは1961年。イースタンの再開をきっかけにそれまでから倍増の8試合総当たり、年間168試合を開催しました。ウエスタンの加盟球団は全て一軍が本拠地球場を持っていたのでゲームはほとんどそこで行い、時には一軍公式戦前に「前座試合」としての興行もありました。その年の専用球場の確保に四苦八苦する球団もあったイースタンからすれば、恵まれた環境下にあったと言えます。2025年終了時点では6球団でリーグ戦を行っています。

 ハード面での充実とは対照的に、記録の管理面は十分でありませんでした。イースタンがリーグ再開翌年の1962年から公式記録員を派遣したのに対し、ウエスタンは長らく地元の新聞記者や球団職員が記録員を“代行”しました。72年にようやく関西地区の一部の球場に公式記録員が派遣され、74年から関西地区全てを担当。全試合を公式記録員が担当するようになったのは時代が平成を迎えた89年からでした。したがってNPBに残るウエスタンのスコアシートは、公式記録員が慶応式で書いたものと、新聞記者や球団職員が早稲田式で記入したものが混在しています。

 次回から、球団毎にファームが使用した野球場を年代順にたどります。

【NPB公式記録員 山本勉】

参考文献・「二軍史 もう一つのプロ野球」松井正(啓文社書房)
イースタン試合開催数ランキング(1961~2025年)
球場名 試合数 使用球団 使用年度
戸田 1837 東京ヤクルト 1976~
ロッテ浦和 1545 千葉ロッテ 1989~
ファイターズ鎌ケ谷スタジアム 1439 北海道日本ハム 1997~
CAR3219フィールド(カーミニーク) 1401 埼玉西武 1981~
ジャイアンツ 1327 巨人 1986~2025
横須賀 1032 横浜DeNA 1997~
バッティングパレス相石スタジアムひらつか 712 横浜DeNA 1985~
ベルーナドーム 567 埼玉西武 1979~
森林どりスタジアム泉 404 東北楽天 2016~
等々力第二(旧大洋多摩川) 392 大洋、ロッテ 1961~1981
注:戸田は1977年からヤクルトの本拠地。76年9月2日にヤクルト対ロッテ戦で球場開き