薬はめったに使わないという選手の方も、ケガや病気のときは薬が必要になるものです。「でも、ドーピング検査があるから使えない」と考えるのは間違いです。
病院であろうが、薬局・薬店であろうが、どこで入手しても薬はみな注意が必要です。
しかし、それでは病気やケガのとき、選手生活に困ってしまいます。そこで、『選手手帳』に「使ってよい薬のリスト」、「特に気をつけたい市販薬(OTC医薬品)」の一覧を掲載しました。
では、「禁止物質が含まれているけれど、治療上、必要」というときはどうすればよいのでしょうか。
このような場合には、「治療使用特例(TUE)」を申請することができます。申請されたTUEはNPBのTUE委員会で審査され、承認されれば、禁止物質・禁止方法を用いることが可能になります。NPBではTUEの承認に関しても世界アンチ・ドーピング機構の規程に従います。以下の三条件、「関連する臨床的証拠による裏付けのもと、使用しないと健康に重大な影響が生じる」、「他に代えられる治療方法がない」、「禁止物質・禁止方法がその病気に対して認められている治療であり、健康を取り戻す以上に、競技力を向上させない」を原則的にすべて満たした場合にTUEが承認されます。
TUEが承認された場合には、判定書にその「承認期限」が記載されていますので必ず確認してください。承認期限を過ぎても治療目的で禁止薬物・禁止方法を用いる必要がある場合には、TUEを再提出してください。
また、禁止薬物による緊急の治療が必要な場合には「遡及的TUE」(治療を行った後にTUEを提出すること)が認められます。禁止薬物・禁止方法による緊急な治療が必要な場合には、NPB医事委員会に連絡してください。
ケガや病気の場合でも、使える薬もたくさんあることや、禁止薬物でもTUEを申請・承認されれば使うことができるということを理解してください。
世界アンチ・ドーピング機構(WADA)の禁止表のM2.2の項では「静脈内注入および/または6時間あたりで50mlを超える静脈注射は禁止される。ただし、医療機関の受診過程(救急搬送中の処置、外科手術、外来及び入院中の処置を全て含む)、または臨床的検査において正当に受ける静脈注入は除く。」*と明記されています。
「正当に受ける静脈注入」に関するNPB医事委員会の見解としては、
1)医師による診療記録があり、診断名、診断根拠、医薬品名および使用量・使用方法などが明確に記載されている。
2)薬事法にもとづいて認可された医薬品を用いた治療であり、且つ適応内使用である。
上記2点を満たすものを「正当に受ける静脈注入」と判断します。
なお、「正当に受ける静脈注入」であっても、治療使用特例(TUE)の申請が承認されない場合もあります。
*2021年禁止表国際基準のM2.2
「静脈内注入および/または静脈注射で、12時間あたり100mLを超える場合は禁止される。但し、入院設備を有する医療機関での治療およびその受診過程、外科手術、または臨床検査において正当に受ける静脈内注入は除く。」
競技会検査では、「興奮剤」や「糖質コルチコイド」は、禁止薬物です。糖質コルチコイドの全身投与(経口使用、静脈内使用、筋肉内使用など)は禁止され、使用にあたってはTUEの申請、許可が必要となります。
花粉症の治療においてしばしば長時間作用型の糖質コルチコイドの筋肉注射が行われることがありますが、注意が必要です。花粉症のシーズン前から抗アレルギー剤などを予防的に投与し、症状のひどいときはステロイド入りの点眼薬、点鼻薬の使用や、抗ヒスタミン薬の内服などで対処することをすすめます。(ステロイド入りの点眼薬、点鼻薬については申請(TUE)なしで使用できます)
来年(2022年)から、競技会において、糖質コルチコイド(副腎皮質ステロイド)の注射使用がすべての経路で禁止となる予定です。
注射経路とは、静脈内、筋肉内、関節周囲、関節内、腱周囲、腱内、硬膜外、くも膜内、滑液のう内、病巣内(ケロイド等)、皮下、皮内などが例としてあげられます。
WADAの調査、研究において、糖質コルチコイドの注射使用は、現在禁止されている経路で使用される時と同じくらいの薬物血中濃度となるデータが得られ、潜在的なパフォーマンス向上作用、そして健康に有害である全身的作用が懸念されることから、周知の移行期間をもって禁止となる予定です。
今年(2021年)は、今まで通りで経口、経直腸、静脈内注射、筋肉内注射で使用される場合に限って禁止で、関節周囲、関節内、腱周囲、腱内など、静脈内、筋肉内以外に糖質コルチコイドを注射した場合は、禁止にはなりません。