薬はめったに使わないという選手の方も、ケガや病気のときは薬が必要になるものです。「でも、ドーピング検査があるから使えない」と考えるのは間違いです。
病院であろうが、薬局・薬店(ドラッグストア)であろうが、どこで入手しても薬はすべて注意が必要です。
しかし、それでは病気やケガのとき、選手生活に困ってしまいます。そこで、『選手手帳』に「使ってよい薬のリスト」、「特に気をつけたい市販薬」の一覧を掲載しました。特に、2022年から糖質コルチコイドの注射薬がすべて禁止になり、2021年まで使っていた関節や腱などへの糖質コルチコイドの注射も禁止ですので注意してください。詳細は、次を確認してください。
では、「禁止物質が含まれているけれど、治療上、必要」というときはどうすればよいのでしょうか。
このような場合には、「治療使用特例(TUE)」を申請することができます。申請されたTUEはNPBのTUE委員会で審査され、承認されれば、禁止物質・禁止方法を用いることが可能になります。NPBではTUEの承認に関しても世界アンチ・ドーピング機構の規程に従っていて、以下の4つの条件、「関連する臨床的証拠による裏付けのもと、使用しないと健康に重大な影響が生じる」、「他に代えられる治療方法がない」、「禁止物質・禁止方法がその病気に対して認められている治療であり、健康を取り戻す以上に、競技力を向上させない」、「ドーピングの副作用に対する治療ではない」を原則的にすべて満たした場合にTUEが承認されます。
また、一番初めの条件にある「臨床的証拠による裏付け」が必要ですので、症状の経過や画像、検査データなどの禁止物質を使用しなければならなかった証拠の提出がTUE申請書と一緒に求められます。TUEが承認された場合には、判定書にその「承認期限」が記載されていますので必ず確認してください。承認期限を過ぎても治療目的で禁止薬物・禁止方法を用いる必要がある場合には、TUEを再提出してください。
禁止薬物による緊急の治療が必要な場合には「遡及的TUE」(治療を行った後にTUE申請書を提出すること)が認められます。禁止薬物・禁止方法による緊急な治療が必要な場合には、NPB医事委員会に連絡してください。
ケガや病気の場合でも、使える薬もたくさんあることや、禁止薬物でもTUEを申請・承認されれば使うことができるということを理解してください。
またもう1つ、先に禁止薬物を治療で使用して、後からTUEを提出することが可能な場合があります。
それは、競技会だけで禁止されている薬を競技会外で(試合がない時に)使用した後、ドーピング検査を受けて違反が疑われる結果(陽性)の報告があったときです。陽性の連絡があってから、競技会外で使用していた薬についてTUE申請ができます。但し、承認されるには、前述の4つの条件を満たすことが必要です。
競技会の定義は、「試合前日の23時59分から競技終了または、ドーピング検査終了まで」で、それ以外が競技会外となります。
*参照:治療使用特例に関する国際基準[4.1e]
競技者は、競技大会(時)のみ使用が禁止されている禁止物質を治療のために競技会外で使用した場合に、遡及的TUE申請ができる。
世界アンチ・ドーピング機構(WADA)の禁止表のM2.2の項では「静脈内注入および/または6時間あたりで50mlを超える静脈注射は禁止される。ただし、医療機関の受診過程(救急搬送中の処置、外科手術、外来及び入院中の処置を全て含む)、または臨床的検査において正当に受ける静脈注入は除く。」*1と明記されています。
「正当に受ける静脈注入」に関するNPB医事委員会の見解としては、
1)医師による診療記録があり、診断名、診断根拠、医薬品名および使用量・使用方法などが明確に記載されている。
2)薬事法*2にもとづいて認可された医薬品を用いた治療であり、且つ適応内使用である。
上記2点を満たすものを「正当に受ける静脈注入」と判断します。
なお、「正当に受ける静脈注入」であっても、治療使用特例(TUE)の申請が承認されない場合もあります。
*1 2024年禁止表国際基準のM2.2
「静脈内注入および/又は静脈注射で、12時間あたり計100mlを超える場合は禁止される。但し、入院設備を有する医療機関での治療およびその受診過程、外科手術、又は臨床検査のそれぞれの過程において正当に受ける場合は除く。」
*2 現「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」
競技会検査では、「興奮剤」や「糖質コルチコイド」は、禁止薬物です。糖質コルチコイドの全身投与(経口使用、注射使用、筋肉内使用など)は禁止され、使用にあたってはTUEの申請、許可が必要となります。
花粉症の治療においてしばしば長時間作用型の糖質コルチコイドの筋肉注射が行われることがありますが、注意が必要です。花粉症のシーズン前から抗アレルギー剤などを予防的に投与し、症状のひどいときはステロイド入りの点眼薬、点鼻薬の使用や、抗ヒスタミン薬の内服などで対処することをすすめます。(ステロイド入りの点眼薬、点鼻薬については申請(TUE)なしで使用できます)
2022年から糖質コルチコイドの禁止される使い方である経口(内服)、注射にウォッシュアウト期間が設定されましたが、2024年に直腸(肛門内挿入)が追加されました。
一方、目薬や、口や鼻から吸入する、皮膚や肛門周囲へ塗る、などは昨年と同様に禁止ではないので使って問題ありません。
ウォッシュアウト期間(washout period)とは、体内に吸収された薬がほぼ全て排出される期間を示します。但し、排出される期間は個人差があるので、薬が完全に排出されることを保証するものではなく、あくまでも目安の位置づけになります。逆に言うと、ウォッシュアウト期間中に使用した薬は、ドーピング検査で陽性になる可能性が高いということです。したがって、定期的に糖質コルチコイドの注射薬を使用している場合は、いつでもTUE申請書を提出できるように準備しておいてください。
一方で、糖質コルチコイドは、競技会だけで禁止されている薬ですので、ウォッシュアウト期間中に使用して、ドーピング検査で陽性の結果が報告されてからのTUE申請が可能です。
当然、(競技会外の)ウォッシュアウト期間以外で糖質コルチコイドを使用して、ドーピング検査で陽性の結果が報告された場合も、同様です。
ウォッシュアウト期間と糖質コルチコイドの該当成分、およびその成分の商品名について表にまとめましたので参照してください。
(2023.12現在)
*プレドニゾンは、国内未承認(国内には製品なし)
投与経路 | WO期間 | 糖質コルチコイド(成分名) | 商品名 |
---|---|---|---|
経口 (内服) |
3日 | コルチゾン | コートン錠25mg |
ヒドロコルチゾン | コートリル錠10mg | ||
フルドロコルチゾン | フロリネフ錠0.1mg | ||
プレドニゾロン | プレドニゾロン錠「タケダ」5mg/プレドニゾロン散「タケダ」 | ||
プレドニゾロン錠(旭化成)1mg/5mg | |||
プレドニゾロン錠「VTRS」錠1mg/5mg | |||
プレドニゾロン錠「NP」2.5mg/5mg | |||
プレドニゾロン錠5mg「トーワ」 | |||
プレドニゾロン錠5mg「ミタ」 | |||
プレドニゾロン錠5mg「YD」 | |||
プレドニン錠5mg | |||
メチルプレドニゾロン | メドロール錠2mg/4mg | ||
デキサメタゾン | デカドロン錠0.5mg/4mg | ||
レナデックス錠2mg/4mg | |||
デカドロンエリキシル | |||
デキサメタゾンエリキシル「日新」 | |||
ベタメタゾン | リンデロン錠0.5mg/リンデロン散/リンデロンシロップ | ||
ベタメタゾン散「フソー」 | |||
ベタメタゾン錠0.5mg「サワイ」 | |||
ベタメタゾン・ クロルフェニラミン |
セレスタミン配合錠/セレスタミン配合シロップ | ||
エンペラシン配合錠 | |||
サクコルチン配合錠 | |||
ヒスタブロック配合錠 | |||
プラデスミン配合錠 | |||
ベタセレミン配合錠 | |||
ブデソニド | ゼンタコートカプセル3mg | ||
コレチメント錠9mg | |||
トリアムシノロン | レダコート錠4mg | ||
10日 | トリアムシノロンアセトニド | なし | |
経口 (口腔用) |
3日 | ヒドロコルチゾン・ クロルヘキシジン・ ジフェンヒドラミン |
デスパコーワ口腔用クリーム |
ヒドロコルチゾン・ ヒノキチオール |
ヒノポロン口腔用軟膏 | ||
デキサメタゾン | アフタゾロン口腔用軟膏 | ||
エースミン(口腔用)軟膏 | |||
デキサメタゾン口腔用軟膏「日医工」 | |||
デキサメタゾン口腔用軟膏「NK」 | |||
デキサメタゾン軟膏口腔用「CH」 | |||
30日 | トリアムシノロンアセトニド | オルテクサー口腔用軟膏 | |
アフタッチ口腔用貼付剤25μg | |||
トリアムシノロンアセトニド口腔用貼付剤25μg「大正」 | |||
トリアムシノロンアセトニドゲル「TK」/クリーム「TK」 | |||
筋肉注射 | 5日 | ベタメタゾン | リンデロン懸濁注 |
リンデロン注(0.4%)2mg/4mg/20mg | |||
リノロサール注射液2mg/4mg/20mg | |||
デキサメタゾン | オルガドロン注射液1.9mg/3.8mg/19mg | ||
デカドロン注射液1.65mg/3.3mg/6.6mg | |||
デキサート注射液1.65mg/3.3mg/6.6mg | |||
メチルプレドニゾロン | デポ・メドロール水懸注20mg/40mg | ||
10日 | プレドニゾロン | 水溶性プレドニン10mg/20mg/50mg | |
60日 | トリアムシノロンアセトニド | ケナコルト-A筋注用関節腔内用水懸注40mg/1ml | |
掲載なし | ヒドロコルチゾン | ソル・コーテフ注射用100mg | |
ヒドロコルチゾンコハク酸エステルNa注射用「NIG」100mg/300mg | |||
局所注射 | 3日 | ベタメタゾン | リンデロン懸濁注 |
リンデロン注(0.4%)2mg/4mg/20mg | |||
リノロサール注射液2mg/4mg/20mg | |||
デキサメタゾン | オルガドロン注射液1.9mg/3.8mg/19mg | ||
デカドロン注射液1.65mg/3.3mg/6.6mg | |||
デキサート注射液1.65mg/3.3mg/6.6mg | |||
メチルプレドニゾロン | デポ・メドロール水懸注20mg/40mg | ||
ヒドロコルチゾン | ソル・コーテフ注射用100mg | ||
ヒドロコルチゾンコハク酸エステルNa注射用「NIG」100mg/300mg | |||
10日 | トリアムシノロンアセトニド | ケナコルト-A筋注用関節腔内用水懸注40mg/1ml | |
ケナコルト-A皮内用関節腔内用水懸注50mg/5ml | |||
マキュエイド眼注用40mg | |||
プレドニゾロン | 水溶性プレドニン10mg/20mg/50mg | ||
直腸 | 3日 | ベタメタゾン | リンデロン坐剤0.5mg/1.0mg |
ステロネマ注腸3mg/1.5mg | |||
リンデロン注(0.4%) 2mg/4mg/20mg | |||
リノロサール注射液2mg/4mg/20mg | |||
プレドニゾロン | プレドネマ注腸20mg | ||
水溶性プレドニン10mg/20mg/50mg | |||
ブデソニド | レクタブル2mg注腸フォーム | ||
ジフルコルトロン・ リドカイン |
ネイサート坐剤 | ||
ネリザ坐剤 | |||
ネリザ軟膏(注入使用のみ禁止) | |||
大腸菌死菌・ ヒドロコルチゾン |
強力ポステリザン軟膏(注入使用のみ禁止) | ||
ヘモポリゾン軟膏(注入使用のみ禁止) | |||
ヒドロコルチゾン・ フラジオマイシン |
プロクトセディル坐薬 | ||
プロクトセディル軟膏(注入使用のみ禁止) | |||
ヘモレックス軟膏(注入使用のみ禁止) | |||
10日 | トリアムシノロンジアセテート | なし | |
トリアムシノロンアセトニド | なし |